バリュープロポジションキャンバスとは
~BtoBマーケティングの基礎知識:訴求点を絞り受注率向上を
BtoB商材の訴求点の絞り方に悩む企業様は少なくありません。自社商材の良さを伝えたいという思いから、結果として多くの強みを一度に並べてしまう様子が見られます。しかし、本記事の結論として先にお伝えすると、BtoB商材の訴求は複数の強みを並列するのではなく、顧客のペインに直結する「1つの顧客メリット」へ集中させることが最も効果的です。
情報を絞り込むことは、一見すると顧客への説明を省略する不親切な行為に映るかもしれません。しかし実際には、訴求を1つに絞ることこそが顧客の理解を助け、さらには社内稟議をも後押しする合理的な戦略であることが分かります。本記事では、なぜ訴求点を絞るべきなのか、その理由と背景にある心理的要因、そして絞り込みを実現する具体的なフレームワークまでを体系的に解説してまいります。
「1つの顧客メリット」への集中
訴求点を絞れば受注率が上がる理由
訴求を絞ることで顧客の処理負荷が下がり、自社課題の解決策として認識されやすくなるため受注率が向上します。
BtoB商材のマーケティングにおいて、企業様が陥りやすい罠は「特徴を多く伝えるほど親切である」という思い込みです。しかし実際には、情報過多こそが顧客の意思決定を阻害し、成約率を下げる要因となっている様子が見られます。
具体例として、ある法人向けクラウドサービスの訴求メッセージを見てみましょう。
このサービスには「高度なセキュリティ」「24時間365日のカスタマーサポート」「柔軟なスケーラビリティ」「多様な分析ツール」「競争力のある価格設定」「簡単なインテグレーション」という6つの特徴があります。よくある失敗例では、これらすべてを詰め込み
「高度なセキュリティと、24時間365日のカスタマーサポート。柔軟なスケーラビリティと多様な分析ツールを低価格で提供。簡単なインテグレーションも可能です。」
とサービスページの一番目立つ箇所(ファーストビュー)に書いてしまうことです。一見すると網羅的で誠実な訴求に思えますが、顧客の立場からすれば「結局、何が一番の強みなのか」が判別できず、情報を処理しきれなくなってしまいます。
一方で、これを
「最高水準のセキュリティで、貴社のデータを守ります。安心の24時間365日サポート付き。」
と、強みを2点に絞り込んだ場合、顧客は自社の課題、すなわちデータの安全性や運用面の不安を解消できる商材であると瞬時に理解できるようになります。
このように訴求点を絞り込む行為は、決して不親切ではなく、むしろ顧客の意思決定を助ける「配慮」であると捉えることができます。情報を削ぎ落とすことで、貴社の商材が顧客のペインに直結すると印象付けられ、結果として受注率の向上につながるものと考えられます。
BtoB購買は「論理的・合理的」だからこそ訴求を絞るべき
BtoBの意思決定は合議制です。訴求を1つに絞れば担当者が社内稟議を通しやすくなります。
BtoC商材の購買が個人の感情や直感に左右されやすいのに対し、BtoB商材の購買プロセスは複数の関係者を巻き込む論理的・合理的な意思決定であるという点が両社の本質的な違いであると弊社は捉えています。現場担当者が「導入したい」と感じたとしても、その先には上長や決裁者による稟議というプロセスが控えており、投資対効果を客観的な根拠とともに社内へ説明する責任が担当者に課されます。
こうした構造を踏まえると、訴求点が複数に分散している状態は、単なる情報過多にとどまらず、担当者の社内説明そのものを困難にするという実務的なリスクに直結することが分かります。「セキュリティも、サポートも、価格も優れています」という総花的な説明では、決裁者から「結局、最も重視すべき価値は何か」と問われた際に、担当者は明確に答えられなくなってしまいます。一方で、訴求点を1つのペイン解消に絞り込んでいれば、担当者は「この課題を解決するために導入する」というシンプルな論理で稟議書を組み立てられます。
このように、合理的な判断を積み重ねる組織にとっては、複数の強みを並べる説明よりも、一点突破の鋭い訴求こそが合意形成を後押しします。BtoB商材の訴求点の絞り方を検討する際は、社内説明のしやすさという購買側の実務的な視点を常に意識することも意識する必要があります。
訴求点が増えていく、2つの心理的要因
前章では、BtoB商材の訴求点を絞るべき理由として、顧客目線(理解しやすさ・社内説明のしやすさ)を挙げました。一方で、多くの企業様が訴求を絞る必要性を理屈では理解していながらも、実際の訴求作成の場面では特徴を削れずにいます。この背景には、単なる気合や工夫の不足ではなく、売り手側ならではの2つの心理的要因が存在します。
訴求点がまとまらない・増えていく2つの要因
①商材への思い入れが強く、開発時のこだわりを訴求してしまう心理
②競合との差別化を意識しすぎて、些末な機能比較に陥ってしまう心理
いずれも「顧客に伝えたい」という善意から生じるものですが、結果として顧客視点を欠いたメッセージとなり、選定要因と開発者のこだわりが乖離していく構造を生んでいると捉えることができます。次項では、それぞれの要因を具体的に見ていきます。
要因①商材への思い入れで決めてしまう
開発担当者や経営層にとっては、長い時間をかけて磨き上げた先端技術や独自の工夫こそが商材の核心であり、それらを訴求から外すことに強い抵抗を感じる様子がしばしば見られます。
しかし、ここで見落とされがちなのが、売り手と買い手の間に存在する「情報の非対称性」です。開発者が誇るこだわりの多くは専門性が高く、顧客にとってはその価値を正しく評価できない、いわば素人の立場にあることが少なくありません。加えて、その先端技術や工夫点は顧客が抱える課題解決と関連性が低い場合もあります。
つまり、開発者が重視する「こだわりのポイント」と、顧客が実際に商材を選ぶ際の「選定要因」との間には、決定的なミスマッチが生じているケースが多いのです。
本来、企業様の担当者が知りたいのは技術の精緻さそのものではなく、自社が抱える課題をどのように解決してくれるのかという一点に尽きます。こだわり訴求に偏重した情報は、顧客のリテラシーを置き去りにし、かえって商材の価値を伝わりにくくしてしまう可能性があります。したがって、訴求点を検討する際には、開発者目線の愛着やこだわりを一度脇に置き、顧客の課題解決に直結する要素だけを抽出することを推奨します。
要因②競合との差別化を意識しすぎてしまう
商材営業担当としては「他社に負けたくない」という思いから、少しでも優れている部分を漏れなく伝えようとしてしまいがちです。しかし、この姿勢が顧客不在のスペック競争を招き、かえって訴求力を弱めてしまう様子が見受けられます。
特に注意すべきは、レッドオーシャンにある商材です。市場が成熟しきっている場合、機能や価格帯が同質化しそもそも競合と比較した際に明確な差別化ポイントが見えないケースが少なくありません。それにもかかわらず差別化に固執すると、貴社の担当者しか気づかないような細部の機能比較や、顧客の意思決定に影響しないスペックの違いを延々とアピールする状況に陥ってしまいます。些末な差別化は顧客を混乱させます。競合との比較を一度捨て、顧客ニーズへの適合に集中すべきです。
こうした状況を打開するためには、逆説的ではありますが「競合との差別化を一旦忘れる」勇気が求められると弊社は考えます。他社との違いを探すことに固執するのではなく、視点を一度リセットし、目の前の顧客が抱える課題に商材がどれだけフィットするかを見つめ直すことが重要です。
次章では、訴求を絞り込むための具体的なフレームワークをご紹介いたします。
BtoB商材の訴求点の絞り方|2つのフレームワークの使い分け
BtoB商材の訴求点を絞り込む際、多くの企業様が「どうすればいいのか?どのフレームワークを使えばよいのか?」と思われることでしょう。貴社の商材が置かれた競争環境によって最適な手法は異なり、「競合と比較した際、自社に明確な優位性があるか否か」で判断することができます。
競争優位性が明確に存在する商材であれば、その強みを軸に据えて訴求点を組み立てる「バリュープロポジションの3つの円」が有効です。
一方で、成熟市場において機能や価格が同質化し、競合との違いが見えにくい商材の場合、無理に差別化ポイントを探し出そうとすると、顧客が評価しない些末な優位性を導き出すというミスリードに陥りがちです。そのため、顧客のニーズにジャストフィットする価値を導き出す「バリュープロポジションキャンバス」を使用します。
優位性がある場合:バリュープロポジションの3つの円
自社商材に明確な優位性が存在する場合、まずお勧めするフレームワークはバリュープロポジションの3つの円です。
この手法は、
①市場ニーズがある(顧客が求めている)
②自社が提供できる価値
③競合が提供できないこと
という3つの要素を円として描き、その重なりを可視化する点に特徴があります。
重要なのは、3つの円それぞれを単独で評価するのではなく、あくまで全ての円が交差する一点はどの特徴か?を探ることです。
例えば自社の価値がどれほど優れていても、市場ニーズと重ならなければ独りよがりな訴求に陥りますし、競合が提供できないことであっても顧客が求めていなければ意味を持ちません。この3要素が重なる領域こそ競争優位を裏付ける差別化ポイントであり、貴社にしか語れないメッセージの源泉となります。
なお、このフレームワークは商材に明確な優位性・競合との差別化ポイントが確立されている場合に効果を発揮する手法である点に注意が必要です。市場が同質化し、競合との差異が見えにくい状況でこの手法を無理に適用すると、顧客が実際には評価しない些末な違いを優位性として抽出してしまい、検討の方向性を誤らせる恐れがあります。
差別化が難しい場合:バリュープロポジションキャンバス
差別化が難しい市場・商品の場合、バリュープロポジションキャンバスのフレームワークを使用します。競合の存在をいったん頭から排除し、目の前の顧客が抱える悩みと自社の提供価値を直接すり合わせる作業に集中する点が、このフレームワークの最大の特徴です。
このフレームワークは、キャンバスの右側に「顧客プロフィール」を、左側に「自社が提供できる価値」を配置する構造になっています。
それぞれ、どのような観点で要素を挙げていけばよいかは次章で詳しく説明します。
バリュープロポジションキャンバスで訴求点を絞る実践2ステップ
ここからは、このフレームワークを実際にどのように埋めていくのか、実務で使いこなすための2つのステップをご紹介します。
お勧めの実践ステップは
①顧客側(右側)を書き出す
②自社側(左側)を書き出す
という2段階です。
注意すべきは、必ず右の顧客側から書きはじめる必要があるということです。
自社視点から書き始めてしまうと、結局は思い入れ・差別化への固執に引きずられ、訴求点がまとまらず増えてしまう危険があります。そのため、顧客側の分析から着手し、顧客が抱える課題や望む結果を客観的に洗い出したうえで、それに対応する自社の価値を後から当てはめていくようにします。
ステップ①顧客側を書き出す
右側の円形、顧客プロフィールは3つの要素で構成されます。
「Customer Jobs」は顧客が解決したい課題や、実現したい業務、あるいは課せられているミッションを記載します。
「Pains」は、カスタマージョブズを達成する際の阻害要因となる悩みやハードル、現在抱えている課題そのものです。
「Gains」は、ペインを解決することで得られる、顧客が望む結果や恩恵を意味します。
特に注意が必要な点として、最初から自社サービスの導入を前提に成果を書き出してしまうことが挙げられます。しかし本来のゲインズとは、サービスの導入有無に関わらず、顧客が社内で解決できた場合も含めた成果や恩恵を指すものです。自社商材を入れることでしか実現しない状況を書くのではなく、1つ目のカスタマージョブズ・2つ目のペインズ内容に沿って記載するようにしてください。
ステップ②自社側を書き出す
ステップ①で顧客側情報を洗い出した後は、自社側(左側)の要素を書き出す工程に移ります。
「Products & Services」は、自社が提供できる機能や要素です。
「Pain Relievers」は機能のうち、顧客の悩みやハードルを直接取り除く要素です。
「Gain Creators」は顧客が望む結果や恩恵をもたらす要素です。
この工程で最も注意すべきは、自社サービスの機能を単なるスペック一覧として並べないことです。よく見られる失敗として、例えばSaaSであれば開発陣が誇る技術や仕様を本シートに列記してしまうことです。バリュープロポジションキャンバスの本質は、ステップ①で特定した顧客のペインとゲインに対して、自社サービスが具体的にどう作用するかを一つひとつ対応させる、いわばパズルを解くような作業です。機能など自社サービスの提供価値のうち、顧客の課題や利益に関するものを当てはめ、記載するようにしましょう。
その際、対応する顧客の課題や利益が見つからない機能は、訴求点としての優先度が低いと判断できます。この価値適合の作業を丁寧に行うことで、自社の強みと顧客ニーズが重なる、真に伝えるべき提供価値が浮き上がってきます。
記入例で完成イメージを掴む
ここでは先ほど例に挙げた、ある法人向けクラウドサービスのバリュープロポジションキャンバス記入例をもとに、フレームワークがどのように機能するのかをご紹介します。
まず顧客側には、データの安全性確保やITインフラ運用の効率化、迅速で信頼できるサポートを求めるという課題が見られます。その裏側には、セキュリティ侵害によるデータ漏洩リスクや、システムダウン時の対応の遅れ、技術者不足によるリソース確保の困難さといった悩みが存在していることが分かります。そして企業様が最終的に望むのは、安心してビジネスを運営できる状態と、コスト削減や業務効率の向上という結果です。
一方、自社側には高度なセキュリティと24時間365日のサポートという製品・サービスを配置します。これらはPain Relievers(悩みやハードルを取り除くもの)として、防御機能によるセキュリティ侵害の防止、システムトラブルへの迅速な対応、ITインフラ担当者不要という形でペインを直接解消いたします。さらにGain Creators(結果や恩恵を与えるもの)として、定期的なセキュリティ監査や脆弱性テストの報告、専任担当者による個別ニーズへの迅速な対応、コスト最適化提案が恩恵を後押しします。
このように両側の要素を突き合わせると、商材が伝えるべき提供価値は「高度なセキュリティと専任担当者による手厚いサポート」という一言へと自然に収束していく様子が見て取れます。
まとめ:訴求点の絞り込みを成果につなげるには
バリュープロポジションキャンバスを用いて導き出した訴求点は、マーケティング部門内だけで完結させてしまうと、その効果は半減してしまいます。特に重要なのが、この共通認識を営業やカスタマーサクセス(CS)などの関係部門で共有することです。
例えば、広告やWebサイトでは「高度なセキュリティと専任担当者による手厚いサポート」を訴求していたにもかかわらず、商談の場で営業担当者が価格の安さや機能の多さを語ってしまえば、顧客は情報のズレに戸惑うことになります。
さらに導入後のCSのフォローがメッセージの「手厚いサポート」と異なる状態であれば、貴社への信頼は徐々に損なわれていくでしょう。
一方で、マーケ・営業・CS・開発の全部門が同じ顧客像と訴求点を共有していれば、どの部署が対応してもメッセージにズレがないコミュニケーションが実現します。この一貫性は、企業様への信頼構築の源泉となり、稟議を進める担当者の後押しにもつながります。結果として、商談の成約確度が高まるだけでなく、CS対応の効率化やクロスセルの促進にも寄与するものと考えられます。
訴求点の絞り込みは、単なるサイト・広告のメッセージ作成のテクニックにとどまらず、部門を超えた共通言語として機能させることで、初めて成果に結実するものです。
貴社の商材が持つ数ある強みの中から、顧客のペインに最も刺さる「1つの価値」を見極め、組織全体で共通認識を形成する。ぜひ関係部門の皆様で取り組み、成果向上にお役立てください。